世界樹と迷宮。


 そんな訳で。
世界樹の迷宮』が、一部オールドファンのみならず最近ゲームを始めた初心者にも十分受け入れられる広い間口を持った作品だってェのはもはや周知の事実のようにも感じられます。もちろん私もそれに疑問を呈す者ではございません。ゲームを遊びながらも、方々にちりばめられたプレイヤーを飽きさせない工夫に感嘆しつつ迷宮を探索しております。
 けども。
 マニア、およびオタクを自称する人間の多くは自らの価値観と、世間一般との相違に疑問と不安を持っているものです。私もその一人。即ち、「(オタクである)儂の目からすれば十分初心者でも楽しめるよう配慮と工夫が為されているよーに思えるけども。果たして本当にそうなのかいねー」


 浮かんだ疑問は、術がツテがあるならとっとと解消しておくのがよろしい。
 そんな訳でお送りする、小学6年生であるところの末弟を呼びつけて世界樹を触らせてみた企画です。


 まあ卯月鮎さんの「はじめめてのファミコン」て企画のリスペクトと云うかまるぱくりと云うかな感じ。
(良い本なので読むと良い!)




 サンプルの紹介をしておくのが公平でしょう。
 呼びつけた小学6年生は、名前を便宜上「もと」と呼びます。
 二人の兄が毎月のようにゲームを購入しているので遊ぶゲームを常に持て余していると云う「お前。儂がお前んくらいの年の頃にゃあ遊ぶゲームなぞ滅多に増えずになあ……ロマサガ3を何周したことか……」等と愚痴の一つや二つを塗り付けたくなるような果報者。
 ただ、それが災いしてか一つのゲームを遊び終える前に他のゲームに目移りすることも多く、未だ「心の一本」に出会えてない様子。
 取り合えず、番好きなゲームって何? と本人に尋ねたところ。
ドラクエ……かなあ」
 と云う適当至極な返答。
 ドラクエの、どれよ。
「たぶん4。5も好きだけど」
 多分て。


 ともあれ。ゲーム開始。私には見慣れたタイトルの後に、ゲーム開始時にのみ表示される簡素な導入部分。
 漢字は難しくない?
「んー。たぶん大丈夫。最初はどこ行くの? ギルド? ギルドって何か格好良いね」
 解るようなわかんないような感覚やね。最初にギルド名を決める必要があるけど、何か考えてる?
「えー? いきなり難しいじゃん」
 いきなりて。まあ私も悩んだけどさ。
「ヒロくん(筆者のことだ)は何にしたの」
 儂? 私は『ラウタゲニ』にした。
「何それ」
 平安時代の猫が『らうたげ』だったらしいよ。と云うか、その頃の言葉で可愛らしいて意味みたい。『いと、らうたげに』と云う記述があってな? 
「それはやめとこう。なんかイヤ」
 うわ失礼な。
「適当でいいやもう」
 一度付けるともう直せないよ。
「ええー」
 まあ、(トラックバック企画の)締め切りも押してるしね。確かにここで蹴躓いて貰ってちゃ困るには困る。
 んーじゃあ、『ラタトスク』にでもなさい。世界樹ってーのは一般に北欧神話の、世界を支えているでっかい樹の事でな。その幹を上へ下へ走り回るリスの名前だ。
「おお、ピッタリじゃん。それで良いよそれで」
 ――と、入力し終えるのを待って。
 でさ。世界樹にはね? 他にも色々動物が棲んでるんだけど、それの代表的なのが天辺にいるフレーズベルグっつー大鷲と、根っこにいるニーズヘッグっつー蛇でね。この二匹は凄く仲が悪いんだけど、ラタトスクはその二匹の間を往復して「アイツがこんなこと云ってたぜー?」つって喧嘩を煽って喜んでるの。
「うわー!? なにそれ嫌な奴じゃんー!」
 はっは。もう直せないぞー。


 等と小ネタを挟みつつ。
 結局、パーティ編成に随分時間がとられることになるのでやや省略。
 名前のストックが全然ないらしい彼から如何にこういう「自分でキャラクターを作るゲーム」が珍しかったかを推し量ることも出来るけど、ま、そういうゲームはいつの時代も少数派だろう。
 使う職業は概ね決まったらしいけど、名前で随分難渋する。
 好きな漫画からは? だの、見た目で適当に決めれば? だの、友人の名前とか? だのと助け船を出すが、その中の。
 今までのゲームではどうしてたの? 例えば、ポケモンとか。
 が、決め手になった。
 職業からその役割に近いポケモンを選び出して、更にそのポケモンにニックネームを付けるつもりで名前を考えるという妙にアクロバティックな名付けになった。
 で。結果。


ソードマン / もと
パラディン / ブラキ
ダークハンター / ムル
アルケミスト / キア
メディック / フィー


 だそうな。助言は殆どしなかったけど、パーティバランスはオーソドックスに近く、十分整っている。
 もとは自分の名前。ムルは別のゲームで使ってた名前。他の三人はそれぞれポケモンの擬人化。誰がどれかは何となく伏せておきましょう。
 で。編成を終えて。


「やっぱ最初は武器を買いに行かないとねー」
 ふむ。最初に装備を揃えに行く辺り、小6とは云えある程度のゲーム常識は弁えているようだ。
 ところで。何かこー。シリカさんに対する感想とかは無いの?
「黒いね!」
 黒いかよ。まあ黒いけどさ。セクシーだなあとかさあ。
「えー? だってこの格好が普段着なんでしょ?」
 そう……なのかな。そうなんだろうけど。いや、普段着だと別にセクシーじゃないのか? 言葉の意味をはき違えてないか? むしろセクシーな普段着はそれはそれでだな。
「それで? 装備ってどうやるの」
 うわスルーしやがるし。Yボタンでキャンプ画面に出来るよ。
「……どれが装備?」
 あー。横文字は小学生にゃきついか。イクイップて奴がそれ。
 さて。次に向かったのは執政院。
「おー。なんかかっこいいね」
 漢字多いけど、大丈夫?
「まあ大体」
 音読してみ?
「ミッションのじゅりょーがはっせいしました。しっせーいんの……」
 あら小生意気。ゆとり教育とか云われてるけどそれなりの知的水準はあるのかね近頃のガキでも。
 とかで。早速迷宮へとなぐり込む。酒場へは寄ってみたものの、施薬院へは足さえ向けず。回復アイテムくらいは購入しといた方が良いよーとでもアドバイスしとこうかと思ったけど、助言をしては企画趣旨に反するし。まあメディックもいるだろうから平気だろうと引き続き眺める。
 ゲームオーバーくらいぶちかましてくれた方が企画的にもおいしいし。
 と。スキルを割り振るよう忠告されるメッセージ。
「これさあ、誰がいってるの?」
 さて。黒子みたいな人でもいるんとちゃいますか。
 等と云いつつ、キャンプ画面を適当にちゃかちゃか選んで行くウチにカスタムを見つける。こちらも特に助言はしなかったけど、概ねバランス良く割り振り完了。まあ、最初の三ポイントは選択肢もそんなに無いしな。
「ソードマンって、剣と斧どっちがいいの?」
 どっちとも云い兼ねるかな。剣は複数攻撃が出来る、斧は単体攻撃だけ。
「ふーん」
 と。そこでちょっと面白かったのは、ソードマンのスキルを剣ではなくて斧にした所くらいか。
「うわーもう、攻撃が普通に痛いねえ」
 と云いつつもガンガン先に進む。メディックの TP がかなりきわどい数値なのだけど……この辺はアレかなー。3D ダンジョン RPG に特有な『帰還の恐怖』を知らんからかな。
 と。トイレに席を外して帰ってくると、なんとあのモグラ三匹との戦闘イベントに突入していた。失敗だわーかなり重要なところじゃん。
「うわあ痛い! すげー痛い!」
 等と、わめきつつも、おや。味方のクリティカルが連発。しかもモグラはミスを繰り返し、かなり簡単に撃破してしまった。
 ……ほほう。なかなかやるな。そこで全滅する人は結構いるらしいのに。
「そうなの? けっこう簡単だったけど」
 まあ、クリティカルがどかどか出てたり、攻撃をかわせたりとかラッキーが重なってたのは事実だけどね。
「えー。それは違うよ。ウチのみんながちゃんと攻撃よけたんだよ」
 お。ちゃんと妄想できてますか。偉いぞ。
 それはそれとして街に戻り。再び出陣。
「なー。この、歩いたところが勝手に色変わるの、どうやって直すの?」
 おお? 面白いね。オートマップ、嫌なんだ?
 と、あらかじめ、歩いたところまで自分で書く設定にも出来るよと教えておいたけど、自分でそれを言い出すとは思わなかった。因むと私もオートマップはオフにして遊んでいる。
「だって、線だけ引いてても面白くないもん」
 あー。それは一理あるかもなあ。
「ところでこの、赤くなってるやつは何?」
 ああ、敵の出現率。それが赤くなると敵が出てくるの。
「へー」
 ……おじさんはそれの存在、B3F くらいでやっと気付いたけどなあ(説明書よめよ)
 それはそれとしても、オートマップをオフにするよう頼んでみたり、『赤いの』に気付いてみたり、ずいぶん積極的にゲームを楽しんでいるようだ。これが彼の性格によるものか、それとも世界樹の力かは少し計りかねるけど。
 とか考えているウチに、ちくちくとこまめにマッピングしつつ進むその先には、『あの』毒アゲハ地帯。しかもほぼ直進でそちらに向かっている。
 もちろん警告などはしない。にやにや見守る。
 花畑のメッセージに。
「このへんの文字もすごいよねー。なんていうか、具体的?」
 等とのんきに応じているウチに、遂に遭遇、毒吹きアゲハ三体!
「うわあ。なんかでたなんかでた」
 云いつつ選ぶコマンドはほぼ通常攻撃ばかり。明らかに、思いっきり見た目に騙されてますな。
 案の定、次ターンに悲鳴が上がる。……が、奇跡的にも死者はでてない。
「痛いし! しかもタフだし! 術式あてても死ななかったよ!?」
 ほれ。全力でやらんと。
 と云う助言(と云うよりヤジ)も必要なかっただろう。運良く、直前に覚えてたフロントガードを初めとして全員にスキルを使わせる。
 ……モグラ三兄弟のときもそうだったけど、妙に運がいいなあ。毒を連発してくるのだけど、結局戦闘終了まで毒を食らうキャラが一人も出ず、なんとか勝利を収める。
 えらい頑張ったね。
「うん。あーもー、死ぬかと思った」
 実際一人死んだしね。でもまあ運が良かったね。パラディンの最大HPは?
「30くらい?」
 毒食らうと、毎ターン25くらい食らうよ。
「……死ぬじゃん」
 だから運が良かったんだって。……とも言い切れないかな。帰る最中に全滅するかも知れんし。
「え?」
 えじゃないよ。歩いてきたんだから歩いて帰らないと。
「えーえーえー!? まじでー!? キュアとかもう使えないんですけどー!?」
 といいつつ、帰路の最中にカニとぶつかりそいつにもう一人犠牲者を出しつつも、なんとか生還。(ここにいたってやっと初めて訪れた)施薬院の、割と良心的なお値段の蘇生を受けつつ。
 どうかね。これが 3D ダンジョン RPG じゃよ。
「こえー! すっげー怖い!」
 楽しかろう。
「うん。これは楽しい」
 そんなこんなで、ほぼ探索を終えた 1F の踏破に掛かる。大きな箱の3つ並ぶ部屋を散々警戒しつつ開けてみたり等のシーンもあったが、概ね問題なし。
「あの宝石みたいなのって、もしかして採掘で取れるの? 削ったりとかして」
 水晶を入手することによって開けられるようになる扉のことだ。
 あー。その発想はなかったわ
「正解?」
 いやハズレ。採掘とか伐採とかは、さっきの花畑にもあったろう。ああいう場所でしか使えないし意味がない。
「敵倒した時みたいに、アイテムが貰えるんだよね?」
 そうね。レベル1で大体2つ。で、一日にそのスキルレベルに見合った数しか採れないの。
「そーいうスキルって、覚えた方が良い?」
 多分ね。メインのメンバーに覚えさせるなり、そういうアイテムを集める専用のキャラを作ったり。
「えー? アイテム取るだけのキャラだと、レベルが低いまんまになりそうだしなあ。あー、でも、今のキャラに覚えさせると剣とかのスキルが伸びないよね」
 まあ、その辺はお好きなように。
「うん。今はいいや。お金なら結構あまってるし」
 そういいつつ、遂に踏み入れた B2F で。
「お。新しい敵だ。うさぎじゃん! 可愛いし! ……って、うわ! ちょっと、うさぎなのになんでこんな強いの!?」
 ……昔ね? ボーパルバニーと云うウサギが居てね?
「うわあ! ちょっと待ってよ、こいつさっきの蝶々じゃん! もう出てくるの? っつーかザコキャラで出てくるの!?」
「うわ、なんか怖いの出てきた。鹿? ……つーか一撃で殺されたんですけど!」
 さくさく死ぬ。が、アリアドネの糸のおかげで全滅はなんとか免れている。
「……二階だよね? まだ二階だよねこれ」
 そうね。まだ二階だね。
「ヒロくんはこれで全滅してないんだよね? 今何階まで進んでるの?」
 地下12階に来たところ。
「それはちょっとすごいなあ……」
 しかも B2F くらいじゃ死者すら出さなんだぞ。……と思ったけど、でもその二階でもう死んでたな。
「えー? どの敵にー?」
 ……とある敵に。
「うっわ。『とある敵』って、いやな響き!」
 と云うか、赤字だね。1,000yen あった資金も既に残り 100yen。伐採スキルとかは良いの?
「いやー。だってレベル上げないとだめだもん。金稼いでる場合じゃないっしょ」
 そう云うもんですか。
 いいつつ、とうとう foe の警告文が表れる。絶句の後に、「こいつかあー」と漏らす。


 ――その後は、取り合えず準備を整えて foe に特攻。しかし見事に玉砕されるも「逃げれるよね? 逃げれるよね?」と繰り返しつつ試行した逃走が成功。糸で帰還し全滅を免れる。しかし、ちょうどよく(?)それにより資金が底を尽き、伐採用キャラを作成。
 B2F で格段に強くなる敵相手に資金難に陥り、アイテム収集せざるを得なくなるという、恐らくは開発者さんが引いたガイドラインに綺麗に沿いながら進む。
 で。foe を避けて進むという選択肢が全然思い浮かばないようだから、つい『もっとよく観察してみな』とアドバイスをしてしまい、以降は、伐採ポイントの往復で底上げされたレベルと、新たな敵から手に入る素材で装備も充実し極めて順調に進む。
 Lv7 で狂える角鹿を撃破し、初めて会敵した『全てを刈り取る影』相手にアームボンテージを決め、惜しいところでアルケミストの TP が切れて撤退――等を経て、レンさんとツスクルさんとに出会ったところで、彼の体力は尽きたようだ。


 全体を通しての感想としては、まるでホラーゲームを遊んでいるかのように連呼される「こえー。こえー」が実に印象的でした。
 昨今の RPG ……どころか、今までのゲーム史をみても、これほどきっちりとスリルを与えてくれるゲームは希少な部類になるのではなかろうか。
 時間が無く、マッピングの面白さが増してくる B3F の奥の方までをレポート出来なかったのが悔やまれる次第だ。
 それから、思ったよりも(期待したよりも?)プレイに『ぶれ』が無かったのも特に強調しておきたい。
 要するに、『何をすれば良いのか解らない』て事態や、取り返しの付かない失態等が一切なかった。
 これは、被験者である彼が小6と云う年齢から想像されるそれよりもずっと『ゲームの常識』に通じて居たのか、それとも世界樹と云うゲームのガイドラインが、私の想像よりもずっとしっかりしていたのか。それのどちらかはちょっと判別が難しいが……。
 ともかく。これをもって、『世界樹の迷宮』は、『小学6年生でも十分遊べる』もとい『初心者にも十分通用するゲームである』との証明とされたい。